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震災3年 がれきから見つかった「スローシューズ」 兄妹で亡き父に活躍を誓う - にゅーすめぢから

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2026.04.07|コメント(-)トラックバック(-)

震災3年 がれきから見つかった「スローシューズ」 兄妹で亡き父に活躍を誓う


 1月5日。第66回全日本バレーボール高校選手権(春高バレー)1回戦で、4年ぶりに全国の舞台に立った岩手県立高田高校(陸前高田市)。コートに立つ妹、梨衣(3年)に向け「最後まで頑張れ」と声援を送る兄の姿があった。国士舘大3年で、陸上部員の佐藤征平だった。

 3年前、震災に見舞われたのは、佐藤が国士舘大への進学を、妹は高田高校への入学を控えた時期だった。中学2年のとき、体育教諭に「体格がいい」と砲丸投げを勧められ、競技歴1年で全国大会に出場し、高田高校3年の高校総体で5位に入った佐藤。日本代表を多数輩出する同大陸上部に「憧れ」、大学で鍛え、いつか世界で活躍したい-。そんな夢を膨らませていた時期だった。

 高台にある実家は、津波の被害からは免れた。それでも余震と停電が続く中、1つの部屋で母、きみえさん(52)と妹と3人で肩を寄せ合い眠った。市役所職員だった父、正彦さん(当時55歳)が犠牲になったことを知ったのは、1週間後だった。

 想像を絶する被害を被った故郷、そして家族から離れていいものか、悩んだ。そんなとき、背中を押してくれたのは「頑張ってきて」という妹の言葉。同時に、いつも大声で応援してくれた父の顔が浮かんだ。「人生一度きり。自分の限界まで陸上をやりたい」と故郷を出る決断を下した。

 迎えてくれた陸上部では、岡田雅次監督と先輩たちが練習着や生活雑貨をそろえてくれたという。送り出してくれた家族、温かく迎えてくれた部員たち。だから、厳しい練習にも「感謝の気持ち」を忘れたことはない。入部時に100キロ程度だったベンチプレスの数値は、3年で190キロまで増加。高校時代13メートル70だった自己記録も、昨年9月の日本学生対校選手権で16メートル16をマークし、悲願だった日本選手権の参加標準記録を突破した。

 この3年間、支えとなったものがもう一つある。津波で約100メートル流された部室小屋のがれきの中から見つけた自分の投擲用のシューズだ。そのシューズを持って陸上部の扉を叩き、験を担いで重要な練習や試合のたびに大切に使ってきた。いまでは汚れが目立ち、つま先には穴も開いている。だが、6月の日本選手権でも誇りを持って履く。目標は「17メートル以上を投げて5位入賞」だ。

 妹は、春高1回戦で敗れた。涙を流した仲間と別れて今春、新潟医療福祉大へ進学し、バレーボールを続ける。スポーツに励む兄と妹にとって3年の月日は「あっという間」だった。佐藤は「自分たちが実績を積んでいくことが父の望みだった。これからも妹と一緒に頑張りたい」と視線を上げた。

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2014.03.11|コメント(-)トラックバック(-)
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