
日本代表MF香川真司のマンチェスター・Uに所属するフランス代表DFパトリス・エブラが、19日に行われたチャンピオンズリーグ決勝トーナメント1回戦セカンドレグのオリンピアコス戦を振り返った。『UEFA.com』がコメントを伝えている。
ファーストレグで0-2と敗戦を喫していたマンチェスター・Uは、セカンドレグではオランダ代表FWロビン・ファン・ペルシーがハットトリックを記録。3-0で勝利を収め、2試合合計スコア3-2でベスト8進出を決めた。
エブラは、「サポーターや新しいスタッフ、選手、全ての人のためにも(勝てて)良かった。このユニフォームに対する愛情やリスペクトの精神を見せることが、今日は本当に重要だった。今夜勝てたのは、その精神のおかげだ。時代遅れだと言う人もいるかもしれないが、マンチェスター・Uの精神があれば、違いを見せられるし、不可能なことなど何もない」と、コメント。「宿敵リヴァプールにホームで0-3と敗れた後(16日のプレミアリーグ第30節)も、サポーターは僕たちのために歌い続けてくれていた。家に帰った時には、本当に悲しかったよ。サポーターが最後まで支えてくれたのはうれしかったけど、僕は心底傷ついていた。何かしら借りを返さなければいけないと、今日のゲームが待ち切れなかった。厳しいシーズンを送っていても、サポーターは良くしてくれている」と、話した。
そしてエブラは、ハットトリックを達成したオランダ代表FWロビン・ファン・ペルシーに言及し、「ロビンはよくやってくれた。大黒柱たちがやってくれなければ困るんだ。彼らは今夜、がんばってくれたよ」と、称賛したうえで、「彼やウェイン(ルーニー)だけではなく、チーム全員がね。今日のヒーローはチームで、1人の選手だけじゃない。この大会は厳しい戦いで、誰もが僕たちの敗退を予想していただろうけど、マンチェスター・Uは健在だとアピールできたと思う」と、勝利を振り返った。
SOCCER KING
“大物”の2世が頂点に立った-。20日に行われた柔道の全国高校選手権(日本武道館)で、1992年バルセロナ五輪95キロ超級銀メダルでプロレスラー、小川直也さんの長男の雄勢(東京・修徳高2年)が男子無差別級で初優勝を飾った。
小川さんがアトランタ五輪で敗れた1996年7月20日に誕生。小学4年のとき、父の履歴書を目にしたのがきっかけで柔道を始めた。189センチ、135キロ。父親似の大食感で、相手の奥襟をつかんで攻めるスタイルまでそっくりだ。
21日に団体戦が控えることもあり、優勝後に実現した親子のツーショットでも笑顔は少なく、優勝の喜びも控えめ。2020年東京五輪のホープに、父は「言葉数が少ないところも似ているんだよな」と苦笑いだった。
朝からの雨が雪に変わる悪天候の中、東北福祉大の卒業式が20日(木)に同校で行われ、米ツアー参戦から一時帰国中の松山英樹が出席。1,520人の卒業生と共に卒業証書を受け取った。
写真で見る 松山英樹は事件発端のポールターとがっちり握手
白の羽織袴で式に出席した松山は、式内で曹洞宗管長賞と、ゴルフでの顕著な成績をたたえられて学長賞を受賞。25名の代表として登壇すると、萩野浩基学長から「体に気をつけろよ」と声をかけられ、賞状と記念品を受け取った。大学生活を振り返っては「この4年間は早かったというのがすごくあります。サポートしていただいた関係者の皆さんには本当に感謝しています」と語った。
4年間の一番の思い出はやはり2011年3月の東日本大震災。松山自身も被災地で牛乳配達のボランティアをするなど被災地で長い時間を過ごした。当時は初のマスターズが控えていたが、地元の方からの後押しもあり出場。「ゴルフを通じて頑張って被災された方に少しでも勇気与えられたらと思ってプレーしていた。これからもそれは変わることはない」と被災地への気持ちも新たにしていた。
松山は今後も国内の拠点は仙台に置き同大学でもゴルフ部のコーチを務める予定となっているが、この日で4年間を過ごした学び舎に一旦別れ。次戦は4月10日(木)開幕のメジャー初戦「マスターズ」。米ツアー連戦で痛めた左腕など体のケアと並行して練習を行いながら、2年ぶりの大舞台へ備えていく。
(撮影:ALBA)<ゴルフ情報ALBA.Net>