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佐村河内さん謝罪会見 - にゅーすめぢから

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2026.04.08|コメント(-)トラックバック(-)

佐村河内さん謝罪会見


 --新垣さんたちを訴えるということだが、誰を訴えるつもりか、また民事・刑事どちらでか。代理人は

 佐村河内さん「弁護士については内定しており、来週お会いする予定だが、個人の意見として、訴える用意はあるということは伝えてあります。新垣さんを訴えますが、他の人についてはまだ決めかねています。新垣さんは絶対に訴えますけれども」

 --印税収入について

 「詳しい値段は申し上げられませんが、青色申告を調べてもらえればわかるように、今年初めて黒字になったくらいで、それまでずっと赤字でした。調性音楽は自分でつくれるのですが、妻には現代音楽について教えてもらう必要があるということで、新垣氏へは『ご教示代』ということで妻をだまして支払っていました」

 --裁判費用はどこから出すつもりか。印税を使うつもりなのか

 「それはまだ何も考えておりません」

 --ホテルを転々としていたということだが、問題発覚後、これまでどうしていたのか

 「横浜を中心にホテルを転々としており、横浜を出たことはありません。横浜スタジアム前の東横インが最初で、そこから横浜を行ったり来たりしていました」

 --髪型については妻に切ってもらったということだが、指示はしたのか

 「お任せする、という形で」

 --スキンヘッドという情報もあるが、その髪の毛は地毛なのか

 「その話は初めて聞きました」

 --奥さんはこれまでどのような役割を果たしてきたのか。また(奥さんは)離婚を希望されているか

 「妻から、離婚ですか。妻とは18年間ではないが、11年くらい、ろう者の妻として、ふつうに生活してきて、音楽に加担したことはありません。この問題が表に出て、私は第一声で妻に『離婚してくれ』と申し出たが、妻には『しないよ』と言われました。妻は(音楽の)仕事には一切、関わっていません」

 --聴力はいつごろから聞こえづらくなり、まったく聞こえなくなり、いつごろ回復したのか

 「24歳のときに左の耳が聞こえづらくなり、耳鳴りがするようになって、次第に聴力が下がるとともに耳鳴りが大きくなって、やがて左の耳が使い物にならなくなって、そのころに補聴器を買っています。その後に右の耳も同じような状態になり、99年には一度、音がまったくなくなったと感じました。これは私の本に書いてあることが本当のことです。ただその後、何カ月かで補聴器があれば聞こえることに気付き…。忘れていましたが、99年2月ころだったか、完全に耳が聞こえないと思って、北里大で受診しました。その際に『これはすぐに入院が必要』と言われ、絶対安静と点滴などが必要だということだったが、その2カ月後に発表の予定があり、そのころ指示書を一生懸命書いていましたが、入院してしまうと曲が止まってしまうのでプロデューサーと相談し、入院をあきらめました。そして3年くらい前から、ガタン、といった音は聞こえるようになりました」

 --耳が聞こえなくなった、また回復してきたことについて、医師から原因についてどう説明されているか

 「原因は不明といわれています。本当に今は回復してきているが、昔はもっともっと悪かった。今現在もこれからも、手話通訳なしには生きていく道はないと思っています」

 --新垣氏は報酬の総額を約700万円と話していたが、それで間違いないか

 「覚えていないが、新垣氏からの領収書は全部、保存してあるので、後で調べることができます。700万円が正しいのか、ごめんなさい、わかりません」

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2014.03.08|コメント(-)トラックバック(-)
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