
女子プロボクシングの日本人世界王者は現在7人を数える。まさに黄金時代を迎えているが、この人がいなかったら、今の女子ボクシングの隆盛はなかったかもしれない。日本人女子プロボクサーのパイオニア的な存在で、3階級の世界タイトルを獲得した風神ライカさんだ。児童養護施設で育ったことが話題になり、ライカさんを取り上げたドキュメンタリー番組やテレビドラマが放映された。しかし、最近は名前を聞かない。今どうしているのか。
「去年8月、韓国であった女子世界スーパーフェザー級暫定王座決定戦で負けた後、所属ジムから引退勧告を受けましてね。年齢や身体的なダメージを考えてくれての勧告だったんでしょうが、ワタシとしてはやめるつもりは毛頭なかったし、何より自分の人生は自分で決めたかった。だから、“続けたい”“ダメだ”とジム側と随分やりとりしましたよ。でも、よくよく考えたら、ワタシが一番求めてるのは、自分が生きてるって実感を得ること。その手段はボクシングじゃなくてもいいわけで、ならば闘う土俵を変えて、もう一回チャレンジしようと決めたんです」
JR巣鴨駅近くのキックボクシングジム「TARGET」で会ったライカさん、まずはこう言った。
「これからはフリーの格闘家として、キックボクシングや総合格闘技のリングに上がるつもり。キックの練習は週3回、総合も大田区の格闘技ジムに週3回ほど通ってます。ボクシングしか知らない人間ですからね。最初の頃はスパーリングでスネを軽く蹴られるだけで跳び上がるほど痛く、寝技もできなかった。だけど、できなかったことを一つずつマスターしていくのが実に楽しいんですね。今はボクサーの晩年期よりもずっと充実してるように思います」
■「自分にはゴールというものがない」
さて、3歳から高校卒業まで京都の児童養護施設「迦陵園」で過ごしたライカさんが、「自分の居場所を求めて」東京の山木ジムに入門したのは99年、23歳のとき。翌年5月にプロデビューし、JBC(日本ボクシングコミッション)未認可ながら、02年12月にWIBA世界フェザー級、06年5月にIFBA世界スーパーライト級、同年12月にはWIBA世界ライト級のタイトルを獲得し、3階級制覇を達成した。
「もちろん、タイトルは目標でした。ただ、ワタシにとってそれ以上に大切なことは、いかに自分の限界を突破していくか。それに至るプロセスが最高に好きなんです。結果、タイトルを取っても、常にチャレンジするものを見つけないと気がすまない。つまり、自分にはゴールというものがないんですね。自分が生きてるって証しをリングに刻んでいく。そのことしか考えませんでした」
08年にJBCが女子ボクシングを公認したのを機に、「竹原&畑山ジム」に移籍。保持していた世界タイトルを返上し、10年9月にOPBF東洋太平洋女子ライト級王座に就いたものの、世界には手が届かなかった。
「結婚とかは自然にその気になったときに考えます」と笑うライカさん、横浜市内の家賃6万円の1DKマンションに一人暮らし。歯科衛生士の資格を持ち、東京・新宿区内の歯科医院でアルバイトをしている。
「練習とバイトの合間を縫って、児童養護施設の子供たちにボクシングを教えてます。どんな境遇にあっても、自分の人生は自分で切り開くことができる。ワタシがガンバることで、そのことを子供たちが少しでも感じてもらえたらうれしいですね」
この夏、まずキックボクサーとしてデビューする予定だ。