
取材中、分厚い胸板と太い腕が気になってしようがなかった。今春の第86回選抜高校野球大会で初優勝を果たした龍谷大平安の原田英彦監督(53)。母校を率いて21年で、「平安ファン」を公言してはばからない。ユニホームがはち切れんばかりの筋骨隆々の風貌が目を引き、母校を敬愛して止まない原田監督の個性に心がひかれた。
胸囲は114センチ。肉体を鍛え抜いた日本新薬の社会人野球時代を、「(胸の筋肉に)腕が引っかかってインコースが打てなくなった」と冗談めかして振り返る。現在でもベンチプレスは100キロを軽々と持ち上げるといい、「腹筋は絶対に部員たちには負けない」と豪快に笑い飛ばす。
同校は2008年に「平安」から「龍谷大平安」に校名を改称した。それでも、「平安の原田です」と自己紹介するポリシーを持つ。母校への熱い思いにあふれる逸話は数多くある。
実家の近所に同校があり、小学4年のときにユニホームにあこがれたという。少年野球のチームを作った際はペンで「HEIAN」と書いた。「Eの3本の横線は同じ長さにした」といい、そのこだわりは少年時代から筋金入りだ。現在着用するユニホームは「青光りする生地」や「長めの袖」を採用する特注品。遠征以外の試合は、前夜に自宅でアイロンをかけてから試合に臨むほどだ。
原田監督は今回のチームに「初めて(目標を)日本一と言い続けた」という。その理由のひとつにこんな出来事があった。
「どこの誰や!」
昨春の選抜大会。龍谷大平安は早実(東京)との初戦で逆転負けを喫した。試合後に、客席から辞任を求める内容のやじを受けた原田監督が“応戦”してしまう一幕があった。
「情けない敗戦をして、すごく悔しかった」と原田監督。伝統校であり、オールドファンも多いだけにプレッシャーは計り知れない。だが、なにくそという根性が、チームをより強くしようとする思いにつながったのは想像に難くない。
昨秋、練習場「龍谷大平安ボールパーク」のバックネットに「全国制覇」の文字が掲げられた。選手たちは「バックネットを見ろ」「頑張っていこうや」と声をかけ合った。その姿を頼もしく見ていたという原田監督。以心伝心で勝ち取った紫紺の優勝旗だった。
決勝を終えた甲子園のグラウンド。日本一の夢をかなえた余韻もほどほどに、「追われても追われても離していくチームを目指す」と夏へ向けての思いを新たにしていた。
あらためて「情熱」という言葉が持つ力の強さを思い知った。“ファン”の端くれにもおけないが、原田流の野球にもっと触れてみたい。(吉原知也)